日本一高い場所にある富士山頂郵便局。過酷な環境でも働く理由とは?
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北は北海道、南は沖縄まで、日本全国には2万4,000の郵便局があり約40万人のグループ社員が働いています。そのなかで、夏の短い期間だけ富士山の山頂に開設されるのが富士山頂郵便局。今回は、日本一標高の高い場所に開設される富士山頂郵便局で一体どんな業務をおこなっているのかに迫ります。
日本で一番高い場所にある富士山頂郵便局とは?
富士山に郵便局が開設された歴史は古く、初めて設置されたのは1906年の7月30日。富士山郵便局として吉田口および須走口寄りの八合目に開設されました。現在の場所である山頂に郵便局が設置されたのは1909年のこと。郵便局が併設された建物は2016年に富士山本宮浅間大社奥宮の改修工事に合わせて新装されました。
毎年、夏の山開きシーズンに開設されてきた富士山頂郵便局ですが、2020年、2021年はコロナ禍で開設が中止。今年、2022年に3年ぶりに開設され、7月10日〜8月21日の開設期間中、国際郵便を含む、郵便物の引受や切手の販売、登頂を記念したオリジナルグッズの販売などを行っています。
郵便局が設置されている山頂の標高は3,776メートル。酸素濃度は、普段、日常生活をおこなっている場所の3分の2程度。平均気温も20度以上低いといわれています。水や食料はもちろん、電気やガスなどのライフラインに使う燃料も麓からリフトアップしなければならず、制限されたなかでの勤務となります。山頂での滞在中は3段ベッドのあるワンルームでの共同生活となります。そんな過酷ともいえる環境での業務を希望し今年度初めて従事した、静岡県下田市にある箕作郵便局の主任を務める小岩 利郎(こいわ としろう)さんに、この富士山頂郵便局でしか体験できないお話を伺いました。
19歳で登頂したときの感動が忘れられず、局員募集に応募
小岩さんが郵便局に勤め始めたのは24歳。地元である伊東市(静岡県)のある東伊豆を中心に複数カ所の郵便局ではたらき、50歳となった現在は下田市(静岡県)にある箕作郵便局で勤務しています。
「初めて富士山に登頂したのは19歳のとき。先輩に誘われて気軽な気持ちで挑戦したのですが、天候にも恵まれなんとか山頂に辿り着いたときの感動は、今でも忘れられません」(小岩さん)
郵便局に勤め始めた後も夏のアクティビティの一環として、富士登山を楽しんでいた小岩さん。富士山頂郵便局の存在自体は知っていたものの、東伊豆を勤務地としていた自分には、縁がないものと捉えていたそうです。
「これまで、富士山頂郵便局で勤務するのは、富士宮を中心とした近隣の郵便局に勤める社員だけでしたが、今年度から東海4県の郵便局に勤める社員にも募集対象が広がったと聞き、「是非、応募したい」と上司の局長に相談しました。局長は快く背中を押してくれて、同僚も協力してくれたので、こんな貴重な勤務を体験することができ、本当に感謝の気持ちしかありません」(小岩さん)
ただ、応募するだけでは富士山頂で勤務することはできません。厳しい環境での勤務となるため、募集要項のなかには、3,000メートル級の登山経験や基礎疾患の有無など、厳しい選考基準が設けられています。数多くの募集者が集まるなか、小岩さんは選考を通過しました。
「これまで富士山には複数回登頂してきましたが、他の山での登山経験はありません。自分よりももっと趣味としての登山が好きな社員も多いと聞いていたので、自分が選考を通過したと聞いたときは本当に嬉しかったです」(小岩さん)
営業開始は朝の6時! 日常とは異なる富士山頂郵便局の1日
富士山頂郵便局の営業時間は他局とは違い、午前6時から午後2時まで。常時2〜3人の勤務体制での運営となっているそうです。実際にはどんな業務を日々行っているのか、お話を伺ってみました。
「基本業務は窓口での普通郵便物の引受のほか、切手や、オリジナル商品などの販売です。朝は御来光を山頂で見るために登られた方々で開局前から行列ができることもありますね。営業開始と同時にたくさんのお客さまにご利用いただいた後、午前8時から午前11時頃の間にひと段落することが多く、この時間に交代で休憩し朝食を食べて、下山予定の社員は準備をおこないます。お昼前からはまた、山頂を周回するお鉢巡りを楽しまれた方や、日帰り登山の方、山頂に1泊して夕焼けや翌日の御来光を楽しむ方などお客さまが多くいらっしゃいますね」(小岩さん)
「販売しているアイテムの中での1番人気は、当日の風景印を押印した登山証明書。はがきや切手を購入して、日本で一番高い場所にある郵便ポストへ投函するお客さまも多く、記念撮影しながらの投函をおすすめしています。富士山頂までお越しになったお客さま一人ひとりの想いにお応えしたくて、風景印の押印も一つ一つ心を込めて押しています。」(小岩さん)
富士山頂郵便局は、1931年に風景印が初めて導入された郵便局。富士山レーダードーム館が描かれていた時期もありましたが、撤去に伴い現在のデザインに。
平日には、通常の業務のほかに、ブルドーザー(富士コンクリートサービス㈱が運行)による物資や郵便物の受け渡しなどのやり取りも。
「ブルドーザーは、朝8時に五合目を出発するのですが、その日運搬する荷物の量などによって到着時間が変わります。天気のよい日は上から登ってくる様子を確認しながら、引き継ぎなどの準備を進めていくことができますが、悪天候の時は、まとめた荷物にビニールを被せるなど、あらかじめしっかりと準備が必要です」(小岩さん)
風呂なし、制限された食生活、そして高山病も...過酷な山頂生活を乗り越えさせてくれたモノ
取材を行った7月下旬は、日の出時刻が午前4時30分頃と早く、本来なら営業開始前に御来光を見ることができると話す小岩さん。
「私のように1度だけ勤務する正社員と、これまで複数回勤務した経験のある富士山に詳しい社員の常時2〜3人で富士山頂郵便局を運営しています。今回私は4泊5日の勤務でしたが、初日に山頂に到着後、少しの頭痛と倦怠感という高山病の症状がでて、勤務終了後すぐに横になってしまいました。ですが、これまで富士山頂郵便局で複数回の勤務経験がある先輩社員からのアドバイスを受け、携帯用の酸素を吸引しながら生活したところ少しずつ体調が安定しました。」(小岩さん)
体調が回復した後、自由時間での行動範囲が広がり、先輩社員に誘ってもらい、日本の標高最高地点である剣ヶ峰まで人生で初めて訪れることができたという小岩さん。
「特に感動した景色は、何気なく見上げた夜空です。浅間大社も閉まり、隣にある山小屋は19時の消灯以降外出ができないので、夜の山頂で星を眺めることができる人は、ほとんどいないはずです。真っ暗で静寂の広がるなかで見上げた空には、これまでみたことのない数の星が瞬いていました」(小岩さん)
富士山頂郵便局での勤務は、ここでしか体験できない貴重な体験
5日間の勤務を終え、下山する小岩さんに、今回の勤務について感想をお聞きしました。
「初日から3日目まで体調がすぐれない中での勤務とはなりましたが、絶対に忘れることのできない素敵な経験となりました。もし、来年以降も勤務ができる機会があれば、今回の体験を活かし、万全の準備で臨みたいと思います」(小岩さん)
体調がすぐれないなかでの勤務もありましたが、来年以降もまた富士山頂郵便局での勤務を希望する魅力とは一体何でしょうか?
「やはり日本国内で、ここまで特別な環境で働くという貴重な経験は、富士山頂郵便局でしか体験できないからです。勤務初日に来たお客さまのなかに、今回の応募で漏れてしまった社員さんがいました。想像以上に過酷とお伝えしても、やはり憧れの場所で一度働いてみたいと話していました。標高が高く、空気が薄い気象条件だけではなく、使用する水の量などが限られた環境のなかで、自分に何ができるのか考えながら判断・行動しなければならない場所です。こういった経験は、通常の業務にも必ず役立つと思います」(小岩さん)
取材中に出会った登山者のなかに、前日に子どもが生まれた記念で、山頂から未来の息子さんに向けて手紙を投函することを目的に、京都から訪れたという方がいました。日本で一番高い場所にある郵便局には、それぞれの登山者の想いが詰まった郵便物が集まる。雄大な自然だけではなく、そんな「想い」との出会いこそ、過酷な環境にあっても働きたいと思う郵便局社員の原動力になっているのかもしれません。
※撮影時のみマスクを外しています。