エモい郵便局図鑑 No.7 知多岡田簡易郵便局(愛知県)

1871年、「日本近代郵便の父」と呼ばれる前島 密(まえじま ひそか)によって郵便事業は開始されました。それから時は流れて150年経った現代、日本各地には激動の時代を見守ってきた郵便局が今でも残っています。ある人はそんな歴史ある郵便局を、畏敬の念をこめて「エモい郵便局」と言うんだとか――。
ここでは、郵便局のノスタルジックな魅力に取りつかれたフォトグラファー・ライターが日本各地の「エモい郵便局」を紹介していきます。
江戸期から昭和30年代まで知多木綿の中心地として栄えた名残が残る、レトロな街並みの岡田地区
(愛知県知多市岡田中谷8)
■開局
1902年
■概要
4方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造、波型の瓦を重ねて並べた桟瓦葺、木造2階建ての洋風建築。2013年に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。現役の郵便局舎としては日本最古級。
■歴史
1899年、別の民家に岡田郵便受所が開設され、その後、1902年に竣工された現在の建物に郵便事業が移された(岡田郵便電信局)。1966年に郵便局の機能は移転して、建物は別の用途に使われたが、1993年7月に知多岡田簡易郵便局として業務を再開、現在に至る。
■名物
淡い水色にも若草色にもみえるパステルトーンの壁と丸いポスト。観光客や写真愛好家が立ち止まって、そのノスタルジックな外観の写真を撮る様子が日常的にみられる(局舎内は撮影不可だが、外観の撮影は可能)。
■交通アクセス
名鉄常滑線「朝倉」駅から知多バスに乗り換え、東岡田行「岡田」停留所下車徒歩3分。
車の場合、知多半島道路 阿久比I.Cより西へ10分、西知多産業道路 長浦I.Cより東へ10分。
ゆるやかなカーブが続く道沿いには、黒板塀やなまこ壁の家や蔵が並び、かつて知多木綿の中心地として繁栄した時代の名残が色濃く残っている。黒、茶、白......渋めの色合いが続く古い街並みを歩いていると、見えてくるのが淡い水色にも若草色にも見えるパステルトーンのかわいらしい郵便局舎。赤い丸型ポストが目印の、知多岡田簡易郵便局だ。


建設されたのは今から120年以上も前で、明治時代の昔の姿をそのままに残している現役の郵便局舎としては日本最古級。全体に洋風意匠の強い建築で、正面中央に玄関があり、1階と2階の窓を左右対称に配置する構成から、郵便局舎としての威厳を確保しようとした意図が伝わってくる。

ノスタルジックな洋風の外観は岡田の古い街並みでひときわ目を引き、記念に写真を撮っていく観光客も多いそうだ。屋根に残る郵便マークの鬼瓦が、今も存在感を放っている。


「大正から昭和初期、岡田が木綿産業で栄えた時代には、各地から若い女工さんが集まり、この郵便局からふるさとに便りを出したり、仕送りをしたりしていたそうです。1966年に郵便局の機能は移転し、この建物は家具屋さんになったり、八百屋さんの倉庫として使われたりしてきましたが、1992年に建物を取り壊す話が持ち上がったんです」
そう教えてくれたのは、局長の井上 佐代(いのうえ さよ)さん。いったんは取り壊しの話が持ち上がったものの、住民から郵便局の業務再開と建物保存に向けての運動が起こった。それがきっかけとなり、1993年に簡易郵便局としてこの建物で業務が再開されることとなり、井上さんが勤務。以来、この郵便局は街並み保存活動の原点となっている。

30年以上の長きにわたり、この郵便局でお客さまを出迎えてきた井上さん。ここでは業務を通して日々いろいろな方に出会えるだけでなく、自分自身を見つめることができると語る。
「昔から足を運んでくださる地域の方とはすっかり顔なじみです。高齢になっても年に1、2回は来てくださる方もいて、お顔を見るとほっとします。ハンドメイドの小物を購入者へ発送するためによく来てくれる若い方もいます。この場所が多くの方に親しまれているのは、地域全体で歴史ある建物を守ろうという想いがあるからではないでしょうか」

郵便局には、地域の方だけでなく、観光客も立ち寄る。
「たまたま通りかかったという方もいれば、この郵便局を見たくて岡田に来たという方も。時には海外からのお客さまもいらっしゃいます。一期一会を大切にしようと心がけていて、郵便局の前で記念写真を撮って差し上げることもあるんです」

歴史ある建物を守りつつ活かされている局舎は、地域愛とおもてなしの心にあふれている。

開局当時から置かれてあるアンティーク調の長椅子は、地域の人々の憩いの場となっている。背と座面に張られた革の経年変化による光沢に、100年前に知多で生きた人々もこの椅子に腰かけたのかもしれないという想像をかきたてられた。


局内は決して広くはないが、窓から差し込む柔らかな光に満たされ、とても居心地がよい。飾られた絵やメダカの入った水鉢にも細やかな気遣いを感じる。

局舎の前に並べられた竹細工は、近所の方が趣味で作ってくれたものだとか。どこかユーモラスに見える切り口の表情が、井上さんの柔和な笑顔と重なった。

郵便局の隣にある「手織りの里 木綿蔵・ちた」も、やはり国の登録有形文化財(建造物)に登録されている。建物は、明治後期から大正初期に竹内 虎王(たけうち とらおう)が建てたといわれており、知多半島でも数軒しか残っていない木綿蔵の一つだ。


現在は、知多木綿と機織りを後世に伝えるべく、機織り体験や製品販売工房として活用されている。伝統的な機織り機で知多木綿のオリジナルのコースターを作ったり、スピンドルでの糸紡ぎ体験をしたりすれば、特別な旅の思い出になるに違いない。

手すき和紙に手作業で知多木綿の端切れを貼り付けたポストカードは、一つひとつ表情が違う。岡田を訪れたら、ここでポストカードを買い求めて文をしたため、隣の知多岡田簡易郵便局で切手を買い求めて、ポストに投函してみるのもいいだろう。


郵便局の周辺にはほかにも、局舎と同じ時代を歩んできた邸宅や蔵の数々が残っている。素朴で趣のある風景は、初めて訪れてもどこか懐かしい。



カメラ片手にゆるりとした散歩を楽しみたくなるノスタルジックな雰囲気が漂う岡田の街並み。この土地が紡いできた文化とロマンを味わいに、知多岡田簡易郵便局を訪ねてみては。


井上 佐代さん
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