エモい郵便局図鑑 No.004 下関南部町(なべちょう)郵便局 (山口県)
1871年、「日本近代郵便の父」と呼ばれる前島 密(まえじま ひそか)によって郵便事業は開始されました。それから時は流れて150年経った現代、日本各地には激動の時代を見守ってきた郵便局が今でもひっそり残っています。ある人はそんな歴史ある郵便局を、畏敬の念をこめて「エモい郵便局」と言うんだとか――。
ここでは、郵便局のノスタルジックな魅力に取り憑かれたフォトグラファー・ライターが日本各地の「エモい郵便局」を紹介していきます。
明治から昭和初期にかけて国際港湾都市として発展し、古くから交通の要所だった港町。明治・大正時代の近代建築物が並ぶ
(山口県下関市南部町22-8)
■開局
1900年
■概要
日本最古の現役郵便局舎。国登録有形文化財に指定されている
■歴史
1900年に当時の赤間関(あかまがせき)郵便局が電信局を統合し、現在地に新築移転した。下関市に残る洋風建築物として最も古い建物であり、日本で現在使用されている郵便局舎の中でも最古のもの。設計は逓信省技師の三橋四郎(みつはし しろう)。
■名物
日本人による本格的なルネサンス様式の庁舎建築である局舎と中庭。周辺のレトロな近代建築群の一つとして下関市の貴重な文化財となっている。夜のライトアップも幻想的
■交通アクセス
下関駅からバスに乗って市街地を走り、関門海峡を眺めながら7分でバス停「唐戸」を下車。下関南部町郵便局につながる歩道橋を渡ると洋風建築の局舎が見えてくる。バス停からは徒歩3分で到着
歩道橋の上から見えるのは、関門海峡沿いの市場や水族館、人と車が行き交う大通り、そして凛とした佇まいの郵便局舎。日常の中に歴史的建造物が共存する景色は、なんとも言えない不思議な気持ちにさせる。
「よくお越しくださいました。ぜひ建物からご覧ください」と、下関南部町郵便局 局長の福嶋 祐二(ふくしま ゆうじ)さんが出迎えてくれた。
開局から100年以上経つ局舎は、2階建てのレンガ造り。アーチ型の入口を中心に、左右対称に品格ある装いの柱が配置され、水平に広がる外構にはモルタルを吹き付け、デザインとして目地が添えられている。細かなあしらいが局舎の端正な姿を際立たせていることがよくわかる。
局舎はコの字型に設計され、凹部分に中庭があることも特徴の一つ。「ふらりと立ち寄る観光客の方も多く、お声がけして中庭にもご案内しています」と福嶋さん。この異国情緒溢れる風景は、通り沿いからは想像もつかない。
中庭からつながる一室はカフェスペースとなっており、お客さまの憩いの場所となっている。
レンガの壁は局舎とともに同じ年月をそこで重ねてきた。
ほかにも、石畳や共用水栓のポンプなども残っていて、時代の足跡をそこかしこに見ることができるのが面白い。
天井が高く、開放的な窓口の一角には、局舎の歴史を物語る展示コーナーも。モノクロの写真や建物の模型、入口のアーチの復元に使用した鋳型など、貴重な資料がずらりと並ぶ。
縦長の窓枠に施されたステンドグラスからは、穏やかな光が差し込む。
「窓口から見えるステンドグラスを気に入ってくださるお客さまが多いんです」と、同局に勤務して3年目になる青木 優佑(あおき ゆうすけ)さんが教えてくれた。常連のお客さまの中には、局内でゆっくりと手紙を書き、そのまま局舎表にあるポストに投函していく方もいるそう。心が和む居心地の良さが、訪れる人を自然と長居したい気持ちにさせるのだろう。
2022年の4月に自身の地元である下関のこの郵便局に局長として着任したという福嶋さんは、業務を通じて日々改めてたくさんのことに気づかされていると語る。
「この地域の方々は、本当に温かいんです。お客さまのほうがこの町や局舎の歴史に詳しくて、普段の会話の中でいろんなことを学んでいます。この場所が多くの方に親しまれているのは、地域全体で歴史ある建物を守ろうという強い思いがあるからこそ。地域の方々と連携を取りながら、支え合っていきたいです」。
自治体や周辺施設で開催するイベントにも積極的に参加し、地域との絆は深まっているとのこと。歴史ある建物を守りつつ活かされている局舎は、おもてなしの心と、地域愛に溢れていた。
郵便局の周辺には、そんな局舎と同じ時代を歩んできた、下関市が誇る近代建築の数々が。合わせて訪ねることで、より一層歴史を楽しむことができる。
郵便局の隣にある旧秋田商会ビルは、企業の事務所兼住居として1915年に竣工。西日本初の鉄筋コンクリート造りのビルで、格調の高い書院造や屋上に日本庭園を有する、贅の限りを尽くした和洋折衷のユニークな建造物だ(現在屋上は非公開)。
そして3分ほど歩くと、1901年に開設されたレンガ造りの旧下関英国領事館にたどり着く。なんと、領事館として使うために建設されたものとして現存する最古の領事館だそう。由緒ある英国紋章や当時の調度品の美しさ、機能性を兼ね備えたスマートな構造に注目して見学するのがおすすめ。また、領事館内にはアフタヌーンティーが味わえるカフェや、オリジナルグッズが購入できるお土産ショップがあり、こちらも見逃せない。
ノスタルジックな雰囲気が漂う下関市は、まち全体が「建造物の博物館」。郵便局を起点に、それぞれの歴史をひもときながら、この土地が紡いできた文化とロマンにふれる特別なひとときを過ごしてみては。
※撮影時のみマスクを外しています。