街とつながるJP百景 Vol.5 「地元に新たな特産品を」敷地内にほしいも工場を作った睦沢郵便局の挑戦
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日本全国にある2万4,000もの郵便局。それぞれの郵便局の景色は、その街で働く人、暮らす人とのつながりによって作られています。本企画では、地域と協力しながら、ユニークな取り組みをして独特の景色を作りだしている郵便局をピックアップ。第5回は、千葉県長生郡睦沢(むつざわ)町 睦沢郵便局を紹介します。
郵便局の敷地にほしいも工場!? テレビでも紹介されて大ヒット商品に
見渡す限りの田んぼと、房総丘陵のなだらかな稜線、広大な空。美しい里山の風景が広がる千葉県長生郡睦沢町は、都心から車で約1時間の距離にある、上総地区屈指の穀倉地帯です。人口7,000人ほどの、とてものどかな農山村。今この町にある郵便局が、全国から熱い注目を集めています。その郵便局というのが、睦沢町上之郷にある睦沢郵便局。なんと、郵便局の敷地内にほしいもの工場とサツマイモの保管庫が併設されているのです。
睦沢町と睦沢郵便局および近隣の郵便局の連携によって生まれた町の新しい特産品「むつぼしいも」は、テレビ番組で取り上げられたこともあり、2021年の発売開始からわずか1年で品切れが相次ぐヒット商品に。睦沢郵便局の窓口や、睦沢町内の道の駅で販売されているほか、千葉県や埼玉県の郵便局でのカタログ販売も実施。
地元・睦沢産のサツマイモを使ったほしいもは、ほどよい甘さや、しっとりした食感が好評です。ほしいもは食物繊維が豊富で、ヘルシーな食品。罪悪感なく食べられるスイーツということで、かわいい見た目のパッケージも功を奏し、特に女性からの人気が高いようです。
国道もない! 駅もない! 米しかない! だから「サツマイモ」だった
それにしても、なぜ「ほしいも」なのか?「むつぼしいも」の開発を主導した日本郵便株式会社 睦沢郵便局長 長谷川 博一(はせがわ ひろかず)さんと、日本郵便株式会社 睦沢郵便局 睦沢ほしいも工場分室 工場長の宮嵜 勇(みやざき いさむ)さんに、お話を伺いました。
「郵便局の敷地内に工場が建っているというのは、2万4,000局のなかでもうちだけだと思いますよ(笑)」と胸を張る長谷川さん。そもそも、なぜ郵便局にほしいも工場を作ったのか? 理由を聞くと、「睦沢町に新しい特産品を作りたかったんです」と答えてくれました。
「私は睦沢町の出身で実家が米農家なのですが、本当に特産品が『お米』以外なにもない町で。天然ガスが有名ですけど、それ以外は、国道もないし、駅もないし、本当になにもない町!(笑)。そこで郵便局としても、郵便事業以外にも何か地域に貢献できることがないかと考えるようになりました」(長谷川さん)
新しい地域特産品を創出したい、そう考えたときに白羽の矢が立ったのが「ほしいも」であり、その原料となる「サツマイモ」でした。
「睦沢町は農業を主体とする町なので、農業の活性化が町の活性化にもつながっていきます。 そこで何か農家さんが新しく作れる作物を、と考えたときにサツマイモが頭に浮かんだんです。 昔からサツマイモは飢きんでも育つと言われているように、野菜のなかでも比較的育てやすい作物なんですよ」(長谷川さん)
稲作がメインの睦沢町では、どんな作物でも農家さんにとっては未知のチャレンジ。そこで選ばれたのが、栽培しやすいサツマイモだったというわけです。提携している地元農家さんの栽培したサツマイモは郵便局が買い取り、敷地内の工場で「むつぼしいも」に生まれ変わります。また工場では地元・睦沢町の方々に働いてもらうことで、地域の雇用も生まれています。
「実は今、工場で働かれている方々は、もともと睦沢町で活動するよさこいチームのメンバー。コロナ禍でチームが解散したところ、お声がけをさせていただきました。仲間と会えずに寂しい思いをされていたそうなので、みんなと楽しく仕事ができるこの環境をとても気に入っていただけているようです」(長谷川さん)
「むつぼしいも」の取り組みは、地域のやりがいを求める人々の受け皿にもなっているようです。
「むつぼしいも」には、ほどよい甘さと柔らかさを生み出すための工夫が
「むつぼしいも」の製造を管理・指導する工場長の宮嵜さん。おいしいほしいもを作るためにこだわっているのは、サツマイモの「糖度」と「柔らかさ」だと言います。
「サツマイモは、土のなかに埋まっているときは糖度が9度ぐらいなんですが、製品として出荷するためにはさらに甘みを出す必要があるんですよ。まず、農家さんから届いたサツマイモを保管庫に置き、糖度を上げます。14度まで糖化したら、サツマイモを保管庫から取り出して、洗浄・選別。そして、ほしいもの柔らかさを決定する蒸しの作業に入ります」(宮嵜さん)
宮嵜さんによると蒸すときの火力や時間は、サツマイモの太さや、成熟度など、さまざまな要因によって変化するそうです。蒸しあがったら一度取り出して、割り箸などで突いて蒸し具合を確認。さらに蒸す必要があるかを判断します。「むつぼしいも」の売りである、ほどよい柔らかさは、この繊細な工程から生み出されます。
「職人技とまで言えるかわからないですけど(笑)、この蒸し具合の見極めが、ほしいも作りの難しい部分ですね」(宮嵜さん)
皮むき、スライス、乾燥、選別を経た、できたてホヤホヤのほしいもは、一つ一つ丁寧に袋詰めされて出荷されます。
地域の人にとっての"箸置き"のような存在になりたい
「むつぼしいも」の存在は、地元でも徐々に浸透。最近では、地元の小学生が課外授業でほしいも工場を見学することもあるのだとか。「切手を買う、貯金をする以外に、ほしいもを買うために郵便局に行くという選択肢があっても面白いじゃないですか」と、長谷川さんは言います。
「地域に貢献し、地域の人に愛される存在になることは、郵便局の大前提だと思うんです。地域の方の拠り所、なくてはならない"箸置き"のような存在になれるよう、これからもこのほしいもの取り組みを続けていきたいと思います」(長谷川さん)
「『むつぼしいも』の認知度をさらに上げていきたいですね。そして睦沢町は稲作だけの町ではない、ということを全国の皆さんに知っていただけたらうれしいです」(宮嵜さん)
サツマイモ畑への転化による耕作放棄地の縮小、ほしいもから波及した新しい事業の立ち上げ、サツマイモの加工過程から発生する食品残さを活用したSDGsへの取り組みなど、まださまざまなアイディアが。今後の睦沢郵便局の展開をお楽しみに。
※撮影時のみマスクを外しています。