街とつながるJP百景 Vol.8 "ちょこっと運んでほしい"地域のニーズに応える配送の新スタイル「ぽすちょこ便」
INDEX
日本全国に約2万4,000ある郵便局。それぞれの郵便局の景色は、その街で働く人、暮らす人とのつながりによって作られています。本企画では、地域と協力しながら、ユニークな取り組みをして独特の景色を作りだしている郵便局をピックアップ。
第8回は、山形県鶴岡地域でサービスが開始され、奈良市月ヶ瀬地域の取り組みでも活用されている「ぽすちょこ便」。郵便車両の空きスペースを活用した地域内配送サービスの魅力と可能性に迫ります。
日本郵便株式会社 ロジスティクス事業部 係長
宮原 悠多(みやはら ゆうた)さん
2016年、イオンモール株式会社に入社。イオングループで小売や不動産の業務を経て、日本郵便との人材交流として出向し、2023年4月より現職。「ぽすちょこ便」の提供に携わる。
日本郵便株式会社 事業共創部 係長
光保 謙治(みつやす けんじ)さん
2011年、郵便局株式会社(現:日本郵便株式会社)入社。2022年、日本郵政による「ローカル共創イニシアティブ」プロジェクトに手を挙げ、奈良市へ出向。住民・自治体・企業などの共創による持続可能な地域づくりを目指すなかで、新規サービス「おたがいマーケット」を企画・事業化。2024年、日本郵便に復帰し、さらなる事業開発にまい進。
地域内で"ちょこっと運んでほしい"ニーズに応える「ぽすちょこ便」
三方を山に抱かれた庄内平野が広がる自然豊かな山形県鶴岡市。農業が盛んなこの地で、「規格外となった果物を運んでほしい」という声から生まれた配送サービス「ぽすちょこ便」が注目を集めています。
ぽすちょこ便とは、一体どのようなサービスなのでしょうか。ぽすちょこ便の提供を推進する、日本郵便株式会社 ロジスティクス事業部の宮原 悠多(みやはら ゆうた)さんにお話を伺いました。
「ぽすちょこ便は、主に一定エリアの郵便局と郵便局の間を運ぶ拠点間配送サービスで、地域内で"ちょこっと運んでほしい"というニーズに応えるものです。郵便車両の空きスペースを活用することでオペレーションコストを下げられるので、お客さまに安価で提供できるのも特長です」(宮原さん)
ぽすちょこ便が生まれた背景には、山形県鶴岡市から規格外果物を配送依頼されたことがありました。
「もともと鶴岡市には、降雹(こうひょう)被害にあい、正規品として出荷できない果物を、飲食店に加工品の原材料として卸すという取り組みがありました。ただその際、農家から飲食店への配送手順が、農家の方が行政施設に届けて、それを飲食店の方が取りに行くというものだったんです。その方法では、行政施設があるところまで届けに行くのも受け取りに行くのも、時間も手間もかかります。そこで、日本郵便のサービスを使って配送することができないかと鶴岡市から相談があったのです」(宮原さん)
それは日本郵便にとっても"ベストなタイミング"であったと、宮原さんは語ります。
「郵便車両の空きスペースを余積(よせき)と呼んでいるのですが、この余積を活用して配送効率を上げられないかと検討しているときだったのです。今回、配送する品物が規格外の果物ということもあり、利用にあたっては配送にあまりコストをかけずに『ゆうパック』の運賃よりも安価な配送サービスが望ましいというお話でした。それならばと、余積を活用しオペレーションコストを下げ、安価で気軽に使っていただけるサービスとして実現したのが、ぽすちょこ便です」(宮原さん)
ぽすちょこ便の運賃は、地域ごとのオペレーションコストによって異なり、鶴岡市の対象エリアでは1ケース290円(税込)です(2024年4月時点)。これは、『ゆうパック』のおおよそ4分の1程度の運賃であり、かなりお得です。また、運賃面以外でも、お客さまにとって大きなメリットがあります。
「郵便局と郵便局の間は、近いと5㎞や10㎞という距離なので、最短のケースでは当日に受け取りが可能です。さらに、専用のWebサイトで予約することで、細かな伝票などを書く必要がないのもメリットで、とても手軽にご利用いただけます」(宮原さん)
地域課題の解決にも貢献できる新たな配送サービス。しかし、既存の配送サービスとは異なるため、ぽすちょこ便をリリースする過程では苦労した点もあったと言います。
「新しい配送サービスを始めるということで、どういった形で設計すればよいのかを考えるのが難しく、苦労しました。必要な約款や利用規約を整理するために、役所の方や弁護士さんと何度も調整を重ねました」(宮原さん)
農家の方にも飲食店の方にも好評! 山形県鶴岡地域での取り組み
山形県鶴岡市では、2022年12月にぽすちょこ便が試行され、翌2023年9月からサービスがスタートしました。利用されたお客さまからの反応はどうだったのでしょうか。
「農家の方も飲食店の方も、これまで行政施設に行くのに車で20分ほどかけていたところを、近くの郵便局に行けばよいということで、非常にご好評をいただいています。また、290円という運賃も好評です」(宮原さん)
宮原さんは、ぽすちょこ便を通じて、郵便局と地域とのつながりの深さ、そして"日本郵便の強み"を再確認したと言います。
「郵便の日本全国に張り巡らされた物流網は改めて日本郵便の強みだと感じました。また、局長や社員の皆さんが、普段から地域の方々とコミュニケーションを密に図っていて、そこから生まれる地域とのつながりも大きな強みだと思います」(宮原さん)
地域と市街地を郵便車両でつなぐ。奈良市月ヶ瀬地域での取り組み
ぽすちょこ便は、奈良市の月ヶ瀬地域でも活用されています。
現地でビジネスによる地域課題の解決に取り組む、日本郵便株式会社 事業共創部の光保 謙治(みつやす けんじ)さんにお話を伺いました。
「月ヶ瀬地域では、ぽすちょこ便のリリース前より、『共助型買物サービス』の実証実験を進めていました。共助型買物サービスとは、郵便車両の余積や既存の配達網を活用して、都市部にあるスーパーの商品を地域内の拠点へ配送するというものです。エリア内に設けた受取場所にまとめて配送することで、そこには地域の皆さんが自然に集まります。買物という利便性の獲得だけではなく"地域の拠点"を創出したいという想いを込めた取り組みです」(光保さん)
この月ヶ瀬地域での共助型買物サービスは、イオンリテール株式会社と連携し、2023年2月から実証実験を開始。多くの方にご利用いただいたことを受けて、2024年3月に「おたがいマーケット」として事業化に至りました。
「月ヶ瀬地域での共助型買物サービスでも、郵便車両の余積を活用しています。偶然にも、その実証実験と同じ時期にぽすちょこ便が開発されつつあったので合流し、『おたがいマーケット』として事業化するにあたり、物流サービスについてはぽすちょこ便を活用することにしたんです」(光保さん)
月ヶ瀬地域では、「おたがいマーケット」以外に、月ヶ瀬地域の特産品を市街地の飲食店に流通させる取り組みでも「ぽすちょこ便」を活用しています。山形県鶴岡地域でのぽすちょこ便のサービスと違いはあるのでしょうか。
「ぽすちょこ便のサービス自体は基本同じですが、成り立ちが少し違います。鶴岡地域の例は規格外果物の運搬手段の検討から始まった取り組みですが、月ヶ瀬地域の場合は、地域を持続可能な状態にするための検討から始まりました。月ヶ瀬で小規模に生産・販売されていた地域の特産品を、地域商社とともに近隣市街地に輸送・販売することで、新しい商流(商的流通)※を作っていくこと。そして、その商流を通じ、地域経済が活性化されることはもちろん、市街地との関係性が新しく生まれて、住民の皆さんの地域参画が促進されることまでを目指してスタートしました」(光保さん)
※産物(商品)が生産者から消費者に流通する過程において、売買などによって、商品の所有権が移転していく流れ。
ぽすちょこ便を利用したことによって、月ヶ瀬で特産品を作っている地域の皆さんに、ある変化があったと光保さんは言います。
「野菜などの特産品の作り手は、小規模で生産している方がほとんどですし、物流コストの問題から、これまでは地域内の直売所しか販路がありませんでした。ぽすちょこ便によって、地域の生産者と市街地の飲食店が"つながる"ことで、自分たちの産品の買い手が『顔の見えない人』から『あそこの飲食店の人』というように認識が変わったと思います。先日は、飲食店の料理人さんたっての希望で月ヶ瀬までお見えになり、作り手と交流するイベントが実現しました。皆さんとても楽しんでいましたし、生きがいを感じているようでした」(光保さん)
ぽすちょこ便やそれを活用した共助型買物サービスは、日本のさまざまな地域で課題となっている地産地消や買物困難者という問題に対して、あらゆる場所で実現可能な一つの解決スキームを提示できたと考えています。
光保さんに、自身が携わるプロジェクトに対する想いを伺いました。
「宮原さんをはじめ社内の仲間の知恵を拝借するほか、自治体や地域の皆さん、パートナー企業などの協力をいただき、ぽすちょこ便を軸として複数の事業を生み出せたところが、最大の成果だと感じました。日本郵政グループならではのリソースを基に、さまざまなステークホルダーと協業することは、とても意味があることだと思っています」(光保さん)
奈良市月ヶ瀬での取り組みはこちら
ほかのエリアからも反応が続々! ぽすちょこ便が描く、未来の可能性
地域社会が抱える課題を解決するために一翼を担うぽすちょこ便。今後、このサービスが全国で展開されればと、光保さんは考えています。
「ぽすちょこ便がいろいろなメディアに取り上げてもらえるのは、やはり地域の持続性に寄与できるからだと感じます。ぽすちょこ便は革新的なプロジェクトですし、宮原さんとともに日本各地で横展開していきたいですね」(光保さん)
実際、ほかの地域からもぽすちょこ便に関するお問い合わせがあり、展開の可能性が広がっています。
「メディアに取り上げられた月ヶ瀬地域での取り組みを見て、ほかの自治体からお問い合わせをいただくなかで、日本郵政グループの物流や店舗網を活かして『こんなことをやりたい』、『こんなものを運んでほしい』といった声が寄せられています。今後はそういった声を一つずつ形にして、さまざまな地域に展開させていきたいと考えています」(光保さん)
「今回ご紹介した鶴岡・月ヶ瀬以外の地域からも、地産地消などの取り組みにぽすちょこ便を活用したいという話が寄せられています。また、地域内で流通させる配送品についても、果物だけでなく野菜や山菜はどうかなど、さまざまなお話が出ていて、検討が進んでいます。ぽすちょこ便が応える、『地域内で"ちょこっと運んでほしい"』というニーズは、日本全国さまざまな地域にあるものだと思います。そうした地域の広がりとともに、用途としても、地産地消や買物支援に加えて、地域内でのビジネス活用につなげていけると思っています」(宮原さん)
地域のニーズに応えた新たな配送サービス「ぽすちょこ便」。その可能性に、ますます期待が高まります。