2023年元日挨拶状のイラストを担当した切手デザイナーにインタビュー~『手紙文化』を彩ることが、切手デザイナーとしての幸せ~
INDEX
2023年で、152年の歴史を迎える日本の切手。郵便料金の証紙でありながら、手紙といっしょに、送り手の気持ちまで伝えてくれるような美しい絵柄と豊かなバリエーションが魅力です。
今回、お話を伺ったのは、今年の「元日挨拶状」のイラストを担当した切手デザイナーの貝淵 純子(かいふち じゅんこ)さん。切手デザインに取り組むうえで意識されていることや切手デザイナーという仕事の独自性、そして「元日挨拶状」のイラストを描くなかでのエピソードについてお話しいただきました。
日本郵便株式会社 郵便・物流事業企画部 切手・葉書室 指導役
貝淵 純子(かいふち じゅんこ)さん
近年では、「普通切手・通常葉書」「自然の風景シリーズ」「税関発足150周年」などを担当。学生時代は日本画を専攻し、人物や静物、特に花を描くのが好き。
フリーランスのイラストレーターから切手デザイナーに転身!
学生時代には日本画を専攻していた貝淵さん。その後、フリーランスのイラストレーターとして仕事を経て、2005年から切手デザイナー(当時の郵政省では技芸官)として歩みはじめます。ただ、それ以前にも切手やはがきのデザインにかかわっていたそうです。
「大学時代の同級生が技芸官(※)で、『切手やはがきのデザインをしてみないか』と声をかけてくれたんです。入社までの約10年間は、外部のデザイナーという立場ではがきなどのデザインをしていましたが、切手デザイナーの試験があると聞いて受験したところ合格となり、それ以来は社員として切手デザインに携わっています」(貝淵さん)
(※)郵政省時代の切手デザイナーの職名
貝淵さんがデザインされた切手は、現在約650券種にものぼります。切手をデザインするうえで大切にしているのは『お客さまが手に取りたくなるデザインかどうか』。
「例えば、同時期に発行される切手が似通っていたら、定期的に購入してくださるお客さまはあまりうれしくないと思うんです。デザイナー同士でお互い話し合い、1年通してさまざまなバリエーションを楽しんでいただけるよう気を付けています。また、万人に好まれるデザインはありえないとわかりつつ、同僚や、郵便局窓口で働く社員の皆さんにも意見を聞いて、できるだけ多くの方に届くものをつくろうと心がけています」(貝淵さん)
様々な配慮が重ねられて、デザインされている切手。貝淵さんが得意とする表現方法についても伺いました。
「絵画科出身ということもあり、自分で描く場合『ふるさとの花シリーズ』や普通切手のような、写実的な表現が多いかもしれません。絵画的な構図は自然と浮かぶのですが、デザインに関しては、同僚にアドバイスしてもらうこともありますね。客観的なアドバイスに『なるほど......』とうならされることは多く、ほとんど反映させている気がします(笑)。
切手デザイナーは独り作業が多いものの、職場を同じくする仲間がいます。私の場合は「写実的な絵」といったように、それぞれが得意を伸ばし、得意を出し合いながら『手に取りたくなるデザイン』に近づけるようにしています」(貝淵さん)
ここで、同僚との心温まるエピソードをもう一つ。
「先日、『ライフ・花―竹久夢二の花図案―』という切手を担当したのですが、この84円切手は、形状が細長いことが特徴的なんです。実は、この切手のデザインを検討する中で『細長い形状の切手は、法人のお客さまが使いにくいのでは?』という意見もあったんです。最終的には細長い形状が採用されて発行となったのですが、『細長い形状は法人のお客さまに受け入れてもらえるだろうか...』と内心、不安も感じていました。でもある日、同僚が封書を持って私の席に来て『法人さまからの書類が、『ライフ・花』の切手で届きましたよ。封筒にもすごく合いますね!』と声をかけてくれたんです。それも2人が別々に。私の不安な気持ちを見透かされていた気恥ずかしさ以上に、仲間の優しさにジンとした出来事でした」(貝淵さん)
「手に取った人に温かな気持ちになってもらえたら」
想いを込めた2023年元日挨拶状のイラスト制作
2023年の元日挨拶状には、日本郵政グループのトップである増田寬也社長による新年の挨拶に添えて、雪景色にたたずむ丸型ポスト、こちらをじっと見つめるエゾユキウサギが印象的なイラストが描かれています。今回、元日挨拶状のイラストを担当されたのが、貝淵さんです。
「今年の干支はウサギということで、2円普通切手の『エゾユキウサギ』を描いた縁からお話をいただきました」(貝淵さん)
どんな様子のウサギを描くか。ウサギとどんなモチーフを組み合わせるか......。いくつもラフを描き、検討を重ねました。いずれも心がけていたのは、挨拶文を引き立てるデザイン。
「元日挨拶状は、その名のとおり挨拶文を読んでいただくことが最大の目的。文章に注目が集まるようにポストの赤色を途中から抑えたり、文字の視認性を高めるために、ウサギの大きさを変えたりと調整を重ねました」(貝淵さん)
うっすら雪が積もる丸型ポストの前にたたずむエゾユキウサギ。長い足をすっと伸ばして、こちらを見つめています。
「エゾユキウサギは北海道に生息する動物。イラストとはいえ、非現実的な場面にはしたくなかったので、雪景色の中に描くことにしました。
そして、この長い足をすっと伸ばしたポーズは、以前2円普通切手でエゾユキウサギの絵を描いた際の経験が活きています。2円普通切手のイラスト制作において、監修いただいた専門家の方から、『エゾユキウサギは、走力と跳躍力が持ち味』というお話を聞き、そういった本来のエゾユキウサギのイメージを、小さな切手サイズの中で表現できないかと考え『ジャンプする直前の瞬間』を描きました。今回はあいさつ文やロゴとのバランスなどを見つつも、2円普通切手のときよりイラストの範囲が大きかったので、より大きく力強く、本来のエゾユキウサギのイメージに近い、伸びやかなウサギが描けたと思います」(貝淵さん)
元日挨拶状の制作には、社内外の協力が欠かせません。
「エゾユキウサギは野生動物で、資料が少ないという制作上の難点があります。今回は、子ども向けの図鑑にも収録されているエゾユキウサギの写真を撮影者の許可をいただき、参考にしています。また、社内で関わる部署も多く、いつも以上にスピード感あるやりとりを心がけていました。ポストや郵便局舎の資料収集にも協力いただくなど、制作に打ち込める環境をつくってくださり、ありがたかったです」(貝淵さん)
今年の元日挨拶状のイラスト制作において、赤いポストと真っ白なウサギと雪で紅白を表現したという貝淵さんは、年始のご挨拶文化についてこう語ります。
「挨拶状を手に取ってくださったお客さまが、ほのぼのと温かな気持ちになってくださったらと願っています。ここ数年は、コロナ禍で人と会うことが難しい時期が続きました。年賀状のやりとりが『今年こそ、元気でお会いしましょうね』という想いを伝えてくれる気がします。これからも、年の初めに心を温め合える『年賀状』という文化が愛され続けたらうれしいですね」(貝淵さん)
手紙といっしょに旅をする切手で、手紙文化を彩りたい
最後に、貝淵さんがこれから取り組んでいきたい切手デザインや、担当したい役割について教えていただきました。
「定年まで残り3年。仕事のやり残しがないようにと考えています。やりたいことの一つとして、特殊切手は10枚1セットのシートタイプがほとんどなので現実的には難しいのですが、1枚の切手に納得いくまでたっぷり時間をかけて描き上げてみたいです。
もう一つは、すばらしい作家さんの作品、誇るべき日本文化や風景を切手のモチーフとして取り上げ、その魅力を多くの方に伝えたいという気持ちがあります。切手は、手紙といっしょに旅をします。切手を介して魅力あふれる作品や日本の文化・風景を紹介することで『手紙文化』を彩れたなら、切手デザイナーとして幸せを感じます」(貝淵さん)
そして、インタビューの最後に語られたのは、会社でともに働く人たちへの想い。
「以前、郵便局での実務をお手伝いした際に、「より多くのお客さまからお求めいただける切手を届け、お客さまにも、社員の皆さんにも喜んでもらいたい」という想いがいっそう強くなりました。
また、職場では、いつでも後輩の応援係でありたいと思っています。同じ部署のメンバーは、それぞれ力があります。その力を存分に発揮できるよう、デザイン以外の仕事や何かあったときの対応は私が率先して行うようにしています。若いうちはいろいろと悩むこともあります。こぼれる言葉にじっくり耳を傾け、最後には『大丈夫、なんとかなるよ』と声をかけたい。まずは、自分の信じるようにやってみていいんだと、安心してチャレンジしてもらえたらうれしいです」(貝淵さん)
※撮影時のみマスクを外しています。