たびぽすと 写真家・岩倉 しおり さんと歩く小豆島。2つのポストを写真で紡いだ旅。
あなたに伝えたい旅路がある。
そこでしか見られない景色、そこでしか感じられないものをフォトグラファーの視点で、写真に収めながら旅を進めていく。四季の移り変わりや美しい自然のなかにたたずむポストを目指す旅へ出発です。
INDEX
瀬戸内海に浮かぶ小豆島に、「天使のポスト」と呼ばれる特別なポストがある。今回はInstagramで35万人のフォロワーを持つ人気写真家・岩倉 しおり(いわくら しおり)さんと、「天使のポスト」を目指して島を巡ることに。刻一刻と移り変わるさまざまな風景にカメラを向け、独特の感性でシャッターを切っていく岩倉さん。そこでかいま見えたのは、岩倉さんの写真に対するこだわりや慎ましさだった。美しく切り取られた、小豆島での一日をお届けする。
海岸線から見える朝焼けと小豆島
06:43
風が冷たい12月の夜明け前。高松港から船に乗り込み、小豆島へ向かう。
甲板に出ると、穏やかな波の音と冷たく澄んだ空気が気持ちいい。
雲の切れ間から日がゆっくりと顔を出し光が漏れはじめる。海の色も鮮やかな濃い青色に変わっていく。
そんな風景に見とれていると、隣でシャッター音が鳴った。
「明るくなりはじめた夜明けや、風景が移り変わる瞬間が撮影していて楽しいです」
揺れる甲板の上で朝焼けに照らされる小豆島。そこにピントを細かく合わせながら、岩倉さんは語ってくれた。
雲の表情は常に異なる。同じ場所、同じ時間で撮影してもまた同じ写真が撮れるとは限らない。
日が昇り、紅葉がまだ残る彩り鮮やかな島へと船は近づいてきた。
冬の瀬戸の浜海水浴場
08:06
坂手港に着き、車で南へ。
遮る物がなにもない広大な空と海、そして砂浜とのコントラストが特徴の瀬戸の浜海水浴場。夏には家族連れでにぎわうこの砂浜も冬は猫の鳴き声と打ち寄せる波の音が聞こえるだけ。
しかし急に肌を刺すような冷たい風が強くなり、波が荒れはじめた。
それでも岩倉さんは岸辺から海に伸びた石垣の堤防を先端までスタスタと歩いていき、冬の海の厳しさのようなしぶきからカメラを守りながら撮影のタイミングを待つ。
「寒くても写真の撮影は待てるんです。よいロケーションがあれば何時間でもその場で待ちます」
その「一瞬」を写真に収めるためには季節関係なく、寝る時間さえも削り、待ち続けることもあるという。
「待ってよい物が撮れるなら、いくらでも待ちますね」
待つことを、撮影することと同じくらい大切にされているそうだ。
海岸線は少し歩くと光の入り方で表情が変わっていく。
砂浜と波を撮影するときは、自分のなかでなんともいえない気持ちいいバランスを探し続けるそうだ。
海水浴場から西へと向かう途中、小高い丘で車を止めた。
28mmで撮る、洞雲山の紅葉を背にした港町。
小豆島は、瀬戸内で取れる新鮮な海産物にも恵まれている。
撮影しているとどこからともなく魚を焼いているような香ばしい匂いが漂ってきた。
受け継がれていく映画「二十四の瞳」
09:20
さらに西へと進み、「二十四の瞳映画村」へ。
1954年から現在に至るまで10回のリメイクを経て、今も多くの方から愛される映画「二十四の瞳」のロケ地である。
懐かしさが漂う木造校舎の窓から見える青い海は、太陽の光がきれいに反射され絶好の撮影時間を迎えていた。
「私がここの生徒だったら、授業中でも外にカメラを向けたくなりますね」
光の満ち引きがある教室で、ベストな自然光がさすまで待ち続ける。そしてそのときが訪れると何度もシャッターを切る。
風に震えるガラス窓や床のきしむ音、戦火にのまれていった大石先生と12人の生徒たちが目に浮かぶようだった。
「もう一度夏にここを訪ねて、ワンピースを着た女性が教室から海を眺めているところを撮影してみたい」と校舎の外観を見据える岩倉さん。
次は映画村内のしょうゆ蔵を模したBookCafē「書肆(しょし)海風堂」へ。
こだわりのコーヒーと、小豆島や瀬戸内に関連する書籍が並ぶカフェ。2階の窓から映画村を見下ろせる。映画村を彩る約5万本のコスモスは、11月の紅葉シーズンに見ごろを迎えるように種をまいているという。
海風を感じながらの読書とコーヒーの時間を旅の途中に挟むのもよいのかもしれない。
映画村を後にして北に向かうと、海が荒れていて、道路にまで波しぶきがかかる。
「荒れた海も静かな海も、どちらも好きです」
カメラを向けて冷静に撮影しているように見える岩倉さん。だが心のなかでは、景色に応じて感情が波のように揺れ動いているそうだ。
波打つ鼓動が高くなるときがあれば、肩の力がフゥーっと抜けるときもある。それでもシャッターを切ることだけは忘れない。
車に戻り、アクセルを踏み数十メートル進むと咄嗟に「止めてください」と言われた。急いでまたブレーキを踏み、路肩に寄せた。
路肩の林に潜む階段に紅葉が落ちていて、そこに木漏れ日がさしていた。
「ファインダーをのぞいているような視点で切り取りながら景色を見て、いつも撮影のタイミングを計っています」
何気ない日常に四季が合わさった瞬間を見逃さない。
岩倉さんに時間をかけて大切に撮られている紅葉が羨ましい。
海を見下ろしながらのオリーブと風車
11:00
小豆島を横断する国道436号を西へ進むと、「道の駅小豆島オリーブ公園」に着いた。
道の駅を囲む公園内には、約2,000本のオリーブ畑が広がっている。
そこでまず目に入ったのが「幸せのオリーブ色のポスト」。
平和と幸福の象徴とされるオリーブ色で塗装し、オリーブ栽培発祥の地からたくさんの人に幸せが届くようにと願いが込められたポストだ。
道の駅から坂を下りオリーブ畑へと入っていく。
「悲しみが心にあるからこそ、私は写真を撮っているのだと思います。美しい景色を撮ることで私自身の心が救われている気がします」
撮りたくて仕方がない。そんな感情で撮影された岩倉さんの作品の数々だが、それを見た方からの感想を読むと「自分以上に自分が伝えたいことをくみ取ってくれている」と感じるそうだ。
「こんなにうれしいことはないですね」
鮮やかなオリーブの葉を撮影し、オリーブ畑を抜けていくと白いギリシャ風車の後ろから瀬戸内海を見下ろす絶景が広がっていた。
小豆島の澄み渡った空を眺めていると、悩みごとがはるか彼方へ消えていくような気がした。
来てみたい、これからも通いたい「うすけはれ」
13:23
道の駅を出て北西の山道を進んでいくと右手に小さな木製の看板を見つけた。
「うすけはれ」は「消費をみなおす」がコンセプトのギャラリーショップだ。
もともとここは、「うすけ」というそうめん屋だった。その屋号に、「ハレとケ」が合わさり「うすけはれ」という店名が生まれた。
オーナー家族が使用してみて、よかったと感じた雑貨や衣類などを厳選している。ただ消費されるだけではなく、経年変化を伝えて長く使ってもらえる物をゆっくりと選んでいただきたいという想いの詰まったお店だ。
レトロな古民家の雰囲気を残す空間にいると、ここだけ時間の流れが違うような感覚になり、心が落ち着く。
香川県在住の岩倉さんは、以前からこのお店が好きなのだという。オーナーもまた岩倉さんの写真のファンで、会話が弾んだ。
2階は展示スペースになっていて、陶器、雑貨、食品にいたるまで、作家の想いが込められた品々が展示されている。
店内でカメラを構えながら、「こんな素敵なお店で私も個展を開いてみたいな」と岩倉さんの心の声が漏れていた。
受け継がれる伝統の素麺、銀四郎
14:20
空が分厚い雲に覆われはじめた。山を下りてさらに西へと向かう。
遅めの昼食をとるためにお邪魔したのは「お食事処 銀四郎」。
約400年前から伝統技法が継承されている麺どころで、名物のオリーブそうめんをいただいた。
地元で採れたオリーブの果肉を麺に練りこみ、仕上げに新鮮なオリーブの新付けをのせた色鮮やかなそうめんだ。
岩倉さんはそうめんを食べながら、子どものころから絵を描くことや工作が好きだったと話してくれた。
「表現方法は写真じゃなくてもいいんです」
表現したい物や光景を具現化する手段が、たまたま写真を撮ることだったそうだ。
もしかしたら数年後、写真とは別の表現方法で作品を世に出す岩倉さんが見られるかもしれない。
幸せのポストへ
15:33
混み合う駐車場になんとか車を止めて、観光客でにぎわう「エンジェルロード」に到着した。
干潮時に沖合の小島とつながる細長い砂州の道、通称「エンジェルロード」は、「大切な人と手をつないで渡ると願いがかなう」という評判があり、近年人気の観光スポットとなっている。
そしてようやくたどりついたのが、今回の旅の目的地、「天使のポスト」だ。
このエンジェルロードの案内所前に特殊郵便ポストが設置されたのは、2017年のことだった。「恋人の日」にあたる6月12日、「小豆島とのしょう観光協会」が日本郵便の協力を得て、「天使のポスト」を設置した。
大切な人への想いを天使が届けてくれるというこのポスト。
旅の想い出を現地で綴り、恋人や友達または家族に向けてハガキを投函するとオリジナルの消印を押して届けてくれる。
あいにくの曇り空だったが、来た道を車で戻っていると、雲の割れ目から太陽の光が海面目がけて降り注いでいた。
車を止めると、岩倉さんはすぐに重いカメラバッグを肩にかけ、光の方向目がけて走っていく。
「刻一刻と過ぎる時間との勝負、そして被写体に吸い込まれていくような感覚があります」
なんとか岩倉さんに追いついたときには、風の吹く堤防の先端ギリギリでカメラを構えてシャッターを切る姿があった。
「天使のはしご」と呼ばれている薄明光線が長時間見られることは珍しいそうだ。
「好奇心をくすぐられる光景や誰も見たことのない風景を、これからも撮り続けたいです」
何気ない場所や日常の風景も、岩倉さんのカメラを通せば映画のワンシーンへと変わっていく。時間が許せば、まだまだ旅を続けたかった。
写真家:岩倉 しおり
ライター:のぎ
編集:中村 洋太
企画・制作:CURBON
写真家
岩倉 しおり(いわくら しおり)
香川県在住の写真家。移ろう季節、光を大切に主にフィルムカメラにて撮影している。地元、香川県で撮影した写真を中心にSNSで作品を発表するほか、写真展の開催、CDジャケットや書籍のカバー、広告写真などを手掛ける。2019年3月、初の写真集『さよならは青色』(KADOKAWA)を出版。
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